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       6/1(土)シンポ&デモ!「誰のためのTICAD(アフリカ開発会議)か?
         -グローバリゼーションのなかで搾取と排除に抵抗するアフリカとアジアの人々-」
           http://ticakov.hatenablog.com/entry/2013/05/10/183546

           ゲスト  チャイナ・ングバネさん (南アフリカ共和国:クワズールー・ナタール大学市民社会センター)

           シンポジスト 稲葉奈々子さん( NO-VOX 「持たざる者」の国際連帯行動 )
                    近藤昇さん( 寿日雇労働者組合 )
                    小倉利丸さん( 横浜でTICADを考える会 )
                 
           シンポジウム宣言:http://ticakov.hatenablog.com/entry/2013/06/06/231359

「貧しいものが貧しいものを攻撃するとき」チャイナ・ングバネ ~横浜でTICADを考える会 資料2~

6/1シンポジウムゲストのチャイナ・ングバネさんの新聞への寄稿記事です。


「貧しいものが貧しいものを攻撃するとき」チャイナ・ングバネ(China Ngubane)

ダーバンの朝刊紙「マーキュリー」2010年8月3日 寄稿欄「社会への目」
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 先週の土曜日の朝、これ以上近くでは見れないだろうと思うくらいの至近距離で、外国人排斥行為を見た。それはダーバンの紛争地域であるボトルブラッシュのある貧しい地域での怒りの表現であった。

その約4000人の掘っ立て小屋がひしめく居住地域は、チャッツワースにあり、アフリカ民族会議(ANC)内の2つのシンパ間の分裂に苦しんでいる。

そこは、指導権争いと軍閥主義でよく知られ、特に荒れている居住地域ではある。しかし他の100あまりの同じように貧しい居住区と多くの点で同じ状況にある場所である。


7月25日の会合は、ボトルブラッシュから300人が集まって、数時間にわたって続けられた。クワズル・ナタール大学市民社会センターから私たち3人が加わり、地域のリーダーの立会いの下で、私がズールー語で話をした。

私たちの訴えは、2008年5月、そして3週間前にちょうどワールドカップが終わった時に発生した襲撃事件と集団逃走の原因である移民への抑圧をやめるべきである、というものだった。

住民からは、あんた達は何者なのか、そしてどこから来たのかと聞かれた。私はジンバブエ出身であり、もう一人のスタッフはコンゴ出身と答えた。また、市民社会センターはどこの政治団体と繋がっているのかとも聞かれたが、どのような政治勢力とも繋がっていないことを説明した。また、お前達は権力の犬、回し者、裏切り者ではないのか、とも問いつめられたが、そうではないと答えた。


私たちのセンターは全ての地域社会に関する困難に取り組む人々のための活動拠点を提供している。外国人排斥は南アフリカの市民社会を内側から食いつぶしている主たるガンである。私たちは最近、「アトランティック慈善事業」と「ジョハネスブルグNGO戦略・戦術」がコーディネイトした10人の研究者からなるナショナル・チームによる100頁の報告書を発表した。

ボトルブラッシュへの訪問は、そこで広範囲に調査をしている市民社会センターの研究生であるトレヴァー・ングワネの調査を受けたものである。ングワネの報告によれば、政府のプロジェクトで完成したばかりの住宅でも、それまでのレンガ造りの古い家と見分けがつかず、薄汚れて、質も標準以下に見えた。

ングワネの観察によれば、「ボトルブラッシュには、電気は来ているが、路上の電柱の電線は大混線しており、それぞれの庭に何とか引き込まれている状態だ。ほとんどの家は錆びついた釘で板を打ち付けただけのもので、一つの敷地に13軒も詰め込まれている。」

その居住地域は、〔アパルトヘイト時代の〕20年前、近くのクワ・ンデンゲニ居住区での政治的暴力からANCメンバーが避難してきた時につくられたもので、現在もANC支部執行委員会が支配している。ングワネによれば、「この問題について話してくれた人のほとんどが、この執行委員会の力不足、そして明らかに腐敗した指導権にたいして怒っていた」。


私たちはこの地域のリーダー、フンディシ・ムロンゴからの招待を受けてボトルブラッシュを訪問した。私たちの目的は住民の悩みを聞き、経験を共有することだった。

ボトルブラッシュのリーダーたちは地域のエリートによる詐欺と汚職、まともな住宅建設、電気、水、そして衛生環境の必要性、高騰する公共料金への不満について話しあった。住民はモロンゴの知識を高く評価し、会合は彼が、来年の地区選挙に区議員として立候補することを決めた。


ところがそのあとに厳しい局面が待っていた。移民のせいで自分たちの状況が苦しいと住民達が説明しだしたのだ。

地域の企業が地元出身の従業員を解雇して、それよりもずっと安く雇用できる外国人に置き換える――かれらは生活できる賃金を地元民たちと一緒に闘いとろうとはせず、日給20ランドという低賃金を甘んじてうけとる――からであり、移民が自分たちの仕事を奪っていると移民を責めたのだ。地元従業員一人の給料で、4人のジンバブエ人を雇えるという。

住宅について言えばこうだ。移民の人々はちいさな小屋にたくさん住み込み、みんなで家賃を出し合うので、普通よりも高い家賃を支払うことができるので、大家も移民に住宅を貸したがる。地元民は住宅提供にありつけない。地元住民は一軒あたり200ランドの家賃を払う。しかし立場の弱い移民は、一人当たりの家賃が割高でも5人で100ランドずつだしあって500ランドの家賃を支払えば、大家はそっちのほうに家を貸す。

ングワネが言うように、「ボトルブラッシュでは住宅問題が外国人排斥を引き起こしている。これは、住宅供給量不足とアフリカ移民が置かれている弱い立場を利用する悪徳な大家がいるからだ」


私たちは、あやしい南アフリカ企業の進出によってコンゴ民主共和国が略奪され、自分たちがとんでもない運命をたどることになった話などをした。私の国の背景については、ズールー王国国王シャカのもとから離れてマタベレランドを建国したムジリカージにまで一部はさかのぼることができると説明し、現在ジンバブエの州であるマタベレランドには、クマロ、ンドルヴ、ドラミニといった南アフリカにもいる氏族が一杯いる、外国人を排斥する者は、ジンバブエ人を襲撃することによって自分たち自身の民族の血を流しているのだと指摘した。

アパルトヘイト時代、私たちはジェイコブ・ズマ(現南ア大統領)やその他大勢の解放運動関係者に避難先を提供してきた。それに対して親切でお返しを受けるどころか、民衆の民主的反対運動を鎮圧したジンバブエムガベ大統領を南ア政府が支援し、選挙での詐欺や暴政を隠蔽するのを手助けするという形のしっぺ返しを食わされている。


私は、ボトルブラッシュの住民に対して、植民者たちによって押しつけられた国境を正当化しないで欲しい、アフリカ人をみんな一つの同郷人として扱ってほしいと懇請した。移民たちは好きこのんで愛する家族やふるさとを後にしているわけではない。ジンバブエ人だけでなく、コンゴ人も、ブルンジ人も、ソマリ人も、エチオピア人も、ルワンダ人も、その他の人たちもみんな専制的政権から自分の身を守るために逃げてきているのだから。


私は、何年か前にジンバブエと南アの国境を流れるリンポポ川を渡ったときのことを話した。南アに逃れてきたジンバブエ人の大半は、ムガベ、そして「グリーン爆弾魔」と呼ばれた彼の殺し屋民兵から逃げてきたのだ。

私たちのあるものは、夜襲われ、自分の目の前で家族をめった打ちにされ、拷問、殺害され、家や重要書類を焼かれ、なかには目の前で子どもや妻をレイプされた人もいるのだと。

その時期はジンバブエの経済が崩壊し、多くの会社がつぶれ、人々は野生する果物をたべて飢えをしのいだ。だから、こんなにも大勢のジンバブエ人が南アフリカにいるのだ。


ジンバブエ問題において南部アフリカでは調停者である南ア政府は、ムガベの盾になることをやめるべきだ。ジンバブエでの自由で公正な選挙こそが政権の体質を変えるはずなのに、ムガベを支援し続けることは、ますます多くのジンバブエ人を南アに送り込むことにしかならない。

もし南アフリカ人が住宅不足と失業の危機で苦しんでいるのだとしたら、これらを同時に解決しようではないか。ワールドカップでは新しいサッカー・スタジアムが建設された。それとおなじように、意欲的で緊急の大規模住宅建設計画を要求しようではないか。

みんなの知恵と思いを寄せ集めれば解決策はある。


モロンゴがボトルブラッシュ住民に向かって訴えた。「私たちは外国人を叩いてはいけない」


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